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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)925号 判決 1979年2月15日

上告人

三陽通商株式会社

右代表者

阪井盛一

右訴訟代理人

美村貞夫

外二名

被上告人

丸福冷蔵株式会社

右代表者

福田鹿之助

右訴訟代理人

加地和

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人美村貞夫、同高橋民二郎、同土橋頼光の上告理由第一点及び第二点について

構成部分の変動する集合動産についても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するなどなんらかの方法で目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲渡担保の目的となりうるものと解するのが相当である。

原審が認定したところによれば、(1) 訴外川崎電機株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和四六年八月二七日その所有する食用乾燥ネギフレーク(以下「乾燥ネギ」という。)のうち二八トンを上告会社に対する一四〇〇万円の債務の譲渡担保として提供すること、上告会社は右ネギをいつでも自由に売却処分することができることを約した、(2) 当時訴外会社は、被上告会社との間に締結した継続的倉庫寄託契約に基づきその所有する乾燥ネギ四四トン三〇三キログラムを被上告会社倉庫に寄託していた、(3) 同日訴外会社から上告会社あて交付された被上告会社作成の冷蔵貨物預証には、「品名青葱フレーク三五〇〇c/s」「数量8kg段ボール四mm」「右貨物正に当方冷蔵庫第No.5No.8No.11No.12号へ入庫しました 出庫の際は必ず本証をご提示願います」と記載されていたが、右預証は在庫証明の趣旨で作成されたものであり、上告会社社員が被上告会社倉庫へ赴いたのも単に在庫の確認のためであつて、目的物の特定のためではなかつた、(4) 上告会社は、前記譲渡担保契約締結前に訴外会社から乾燥ネギ17.6トンを買い受けたことがあつたが、そのうち八トンは訴外会社三重工場から直接上告会社に送付され、残り9.6トンについては被上告会社の上告会社あて冷蔵貨物預証が差し入れられ、その現実の引渡しとしては、上告会社から訴外会社に指示し、訴外会社がこれを承けて被上告会社から該当数量を受け出し、これを上告会社指定の荷送先に送付する方法によつてすることとされていたところ、本件譲渡担保契約においてもこれと異なる約定がされたわけではなく、右契約締結後訴外会社から上告会社に対し乾燥ネギ二八トンのうちの三トン二四八キログラムが六回にわたり引き渡されたが、うち二トン八四八キログラムは訴外会社三重工場から上告会社に直送され、うち四〇〇キログラムは、さきの場合と同様、上告会社の指示により訴外会社が被上告会社から受け出して上告会社指定の荷送先に送付したものであつた、というのである。右の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、右事実関係のもとにおいては、未だ訴外会社が上告会社に対し被上告会社に寄託中の乾燥ネギのうち二八トンを特定して譲渡担保に供したものとは認められないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点及び第四点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 戸田弘 中村治朗)

上告代理人美村貞夫、同高橋民二郎、同土橋頼光の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背があり、破棄さるべきである。

第一点

一、原判決は、本件譲渡担保の目的物であるネギ二八トン(八キログラム入りのもの三、五〇〇ケース――以下本件ネギという)の特定につき、理由不備であり、破棄さるべきである。

二、すなわち本件ネギの特定の有無は、譲渡担保契約時における上告人と川崎電機との意思解釈及び客観的な本件ネギの状態を検討して、法的判断をなすべきであつて、上告人と川崎電機との従前の取引、川崎電機と被上告人との寄託取引の実状、従前の出庫の状況を勘案すべきではないのである。

してみれば、上告人も被上告人在庫中の川崎電機所有の本件ネギを譲渡担保にとる意思であり、川崎電機もまたこれを譲渡担保に差し入れる意思であつたことは明らかである。この両者の意思については、何らの疑義も差しはさむ余地はないほど明白である。

三、しかりとすれば、上告人は、川崎電機に対する金一、四〇〇万円の貸与に際し、訴外淡路化工株式会社振出の約束手形のみでは、不充分であるので、本件ネギを譲渡担保として差し出すことを要求し、川崎電機もこれを承諾し、被上告人に対し、甲第一号証(預り証)を作成させて、上告人にこれを交付したのである。

そうすると、残る問題は、その時点において、本件ネギが特定されていたか否かである。すなわち、当時、被上告人倉庫には川崎電機所有のネギが、原判決添付目録記載の如く、

(一) 一箱 八キログラム入りのもの三、六四六箱

計二九、一六八キログラム

(二) 一箱一〇キログラム入りのもの八七三箱

計 八、七三〇キログラム

(三) 一箱一五キログラム入りのもの一九箱

計 二八五キログラム

(四) 一箱一八キログラム入りのもの三四〇箱

計 六、一二〇キログラム

合計 四四、三〇三キログラム

存在し、本件譲渡担保の目的物以上のネギが存在したのであるから、いわゆる集合物の一部に対する譲渡担保として、成立するか否かである。

すなわち、本件ネギは、八キログラム入りのもの三、五〇〇箱であり、従つて、右(二)ないし(四)記載のネギは当然除外されるから、三、六四六箱のうち三、五〇〇箱、二九、一六八キログラムのうち二九、〇〇〇キログラムとして特定されるか否かである。

右の点について、本件ネギが譲渡担保の目的物として特定していることは、原審における上告人の準備書面(第三)の第二、一、3に詳述したとおりである。

四、しかるに、原判決は、川崎電機と上告人との第一回取引の状況、川崎電機と被上告人との取引の状況、本件ネギの出庫方法、甲第一号証発行の事情等を引用して、本件ネギが特定しているか否かを判断しているのである。

右の如き事情を考慮するのは、先ず、譲渡担保契約時、すなわち甲第一号証交付時において、本件ネギが特定されていなかつた、と法的判断した上で、次ぎに、では、何時の時点で目的物が特定するか、との判断をする場合に初めて取り上げるべきことである。

五、以上の如く、原判決は、まず、譲渡担保契約時における本件ネギの特定の有無を判断していない点において、理由不備というべく破棄をまぬがれないものである。

第二点

一、原判決は、本件ネギの特定につき、法律判断を誤つており、破棄さるべきである。

二、すなわち、原判決は、本件ネギが特定されていなかつたと判断するために、その前提として、次ぎの各事実を認定し、これに立脚して、目的物は特定していなかつたと法的判断をしている。

1 上告人は化学製品、建材等の売買を業とする商社であり、川崎電機は京都市に本店を置き、主として重電気工事を業とする会社であるが、昭和四一年頃から三重県下に工場を設けて乾燥ネギの製造販売を始め、昭和四六年からは徳島県下にもその工場を設けていた。川崎電機では従来、右乾燥ネギを明治資材を通じて東洋水産へ販売していたところ、昭和四六年春頃右明治資材が倒産した。そこで東洋水産では、かねてからの取引先である上告人に右明治資材の肩代わりとして川崎電機と乾燥ネギの取引をするよう働きかけ、ここに両者の接衝が持たれた末、同年六月七日はじめて上告人は川崎電機から17.6トンの乾燥ネギを買付けた(以下これを第一回取引という)。

2 右第一回取引のうち八トンについては同月七日から一一日にかけて川崎電機の三重工場から上告人指定の東神倉庫へ送付されたが、残9.6トンについては、現場は直ちに引き渡されず、同月七日付で被上告人発行名義上告人宛の冷蔵貨物預証(甲第二号証)が川崎電機から上告人へ差し入れられた。右甲第二号証も「本件預り証」と同様の体裁で、預り品名数量を「八キロ入一、二〇〇箱の乾燥ネギ」とし、預り倉庫を一三号冷蔵庫とするものである。

3 従来、川崎電機では三重工場等で製造した乾燥ネギにつき、販売先へ工場から直送したものを除いてはすべて被上告人との専属的な倉庫寄託契約に基づき被上告人倉庫に寄託保管を依頼していて、これを第三者に販売した場合でも、その販売先への引渡しについては、常に川崎電機からの出荷指示によつてこれをなし、被上告人も受寄託中の乾燥ネギは川崎電機の指示によつてのみ出荷することとしていて、譲受人たる第三者が預り証等を提示して川崎電機の関与なしに現物を引き取ることはされていなかつた。

4 そのため第一回取引において、甲第二号証が授受されたときもその出荷方法については、上告人と川崎電機間で、上告人は直接に被上告人へ引き取りに行く(或は出荷指示をする)のではなく、品物を必要とする都度、川崎電機に指示し、川崎電機がこれを承けて被上告人へ受け出しに行き、川崎電機が上告人の指定荷送先に送付することが合意された。

5 右合意に基づき上告人では前記第一回取引の引渡未済の9.6トンの乾燥ネギの出荷指示として、六月二四日以降別表記載のとおり順次川崎電機へその指示を送り、川崎電機はこれに基づき現物を送付したが、その現物は、前記甲第二号証が授受されていたに拘らず、必ずしもその全部が被上告人に寄託中の品物を受け出してこれを送付したわけではなく、三重工場から直送したものも多く、むしろ後者の方が回数・分量とも前者を大きく上廻つている(別表参照)。なおそのことは上告人でも荷送状等から知り得たと思われるのに、それにつき何らの異議も唱えていない。

6 八月二七日の本件取引につき、敏雄は上告人から担保提供の証として甲第二号証と同様な書面の引渡しを要求されたため、同日被上告人へ赴き、事務員の岡田民子に対して「個数を見せるだけだから上告人宛に預り証を書いてくれ」と申し向けて、右岡田も事情をよく知らないまま、ただ在庫数の証明に使われるものとの認識の下に、台帳上の在庫数を調べた上で、「本件預り証」を作成して敏雄に交付した。

7 敏雄は「本件預り証」を上告人へ引き渡したが、これに基づく現物の出荷については第一回取引のそれと同様の方式を踏襲して行くことが暗黙に合意され、その後も別表記載のとおり従来どおりの方式が続けられていた。

なお、八月二七日現在の第一回取引の出荷残高は四、六八〇キログラムであるから、計算上は、別表記載の九月二〇日の六四〇キログラムのうち二九六キログラムが第一回取引残高に、三四四キログラムが本件取引分の引渡しに、その後のものは本件取引分のそれということになる。

8 上告人は、九月二八日摂斐電化の者が来て在庫する乾燥ネギの引渡しを求めたので、一旦これを拒絶して川崎電機に連絡し、後刻その代表者の妻を通じて、その在庫する乾燥ネギを右摂斐電化へ引き渡すべき旨の指示を受けた上で、これを同社へ引き渡した。

三、そして、原判決は、前項の認定事項に基き、これを前提として、上告人と川崎電機間の第一回の取引において、内9.6トンについては、川崎電機が三重工場から出荷し、または、被上告人から受け出した都度、これにより現場が特定して上告人がその上に所有権を取得し、本件ネギについても、これに基く出荷方法が第一回取引のそれを踏襲することが暗黙に合意され、現にそのとおり継続していたからには、上告人と川崎電機問においても、当時、被上告人倉庫に在庫中の二八トンを一括特定して引き渡したものではなく、その特定は、上告人の将来の出荷指示に基き、川崎電機が出荷選択を遂げることによつてはじめて、なされたものとみなければならない、と判断している。

四、しかし、原判決は、前記認定の前提事実について、その認定を誤り、引いては、本件ネギの特定についての法律判断を誤るにいたつたのである。

1 すなわち、原判決は、前記二の2における如く、「残9.6トンについては、現物は直ちに引き渡されず、同月七日付で被上告人名義上告人宛の冷蔵貨物預証(甲第二号証)が川崎電機から上告人へ差し入れられた」と認定している。

しかし、右9.6トンのネギについては、上告人の要請によつて、被上告人倉庫在庫中のネギを、その状態で占有改定により引取つたのであり、だからこそ、被上告人は甲第二号証を発行したのである。

甲第二号証については、被上告人の事務一切を委されていた鎌田順子の作成にかかるものであるから、これがメモであるとか証明文書であるなどという牽強付会の論は成り立たないのである。若し、これが証明文書だというならば、その名宛人は当然川崎電機でなければならない。これを強いて、証明文書と解釈するとすれば、上告人のネギを受託していることの証明文書と解すべきである。

川崎電機の名義は、文中どこにも表示されていないのであるから、川崎電機のネギを受託していることの証明と解することは不可能である。

ネギ9.6トンについては、上告人が占有改定により、直ちに川崎電機から引き渡されたのであるから、原判決の右認定は誤つている。

2 次ぎに、原判決は、前記二の3における如く「被上告人が受託中のネギは、川崎電機の指示によつてのみ出荷することとしていて、譲受人たる第三者が預り証等を提示して川崎電機の関与なしに現場を引き取ることはされていなかつた」旨認定している。

しかし、被上告人代表者本人の供述によると、「預り証」の発行は、数枚にすぎないということであるし、証人岡田民子等の証言によつても、多数の頃り証が発行されていたとは認められず、せいぜい三、四枚程度の発行であつたと考えられるのである。

仮りに、何十枚もの預り証が発行されていて、しかも預り証による出荷がなされていなかつたというのであればともかく、僅か三、四枚程度の発行であり、しかもその内二枚が上告人宛のものであつてみれば、原判決の如く、「川崎の関与なしに、預り証を提示して現物を引き取ることはされていなかつた」として、これを本件ネギ不特定の証拠資料とするのは、針小棒大の誹りをまぬがれないというべきである。

3 次ぎに、原判決は、前記二の4における如く、「そのため第一回取引において甲第二号証が授受されたときも、その出荷方法については、上告人と川崎電機間で、上告人は直接被上告人へ引き取りに行く(或は出荷指示をする)のではなく、品物を必要とする都度、川崎電機に指示し、川崎電機がこれを承けて被上告人へ受け出しに行き、川崎電機が上告人の指定荷送先に送付することが合意された」と認定している。

しかし、これは事実に反することはなはだしいといわねばならない。殊に、冒頭の「そのために……」――すなわち、従来、被上告人に寄託中のネギの出庫は川崎電機の指示のみによつてなされており、預り証による引取りはされていなかつたために、とあるのは、証拠に基づかない認定である。

上告人が、川崎電機を出庫に当らせたのは、東京――京都という遠隔地であるという理由だけによるものである。

また、「上告人は直接被上告人へ引き取りに行く(或は出荷指示をする)のではなく、」というが、甲第一、二号証は被上告人に対する指示以外の何ものでもないことは明らかである。川崎電機は、上告人の単なる使者としての役目しか存在しなかつたものである。

要するに、原判決の右各認定は、為にする認定、すなわち、結論を理由づけるための認定としかいいようがない。

4 次ぎに、原判決は、原記二の5における如く、「川崎電機が上告人に送付したネギは、被上告人寄託中の品物を受け出して送付した他に、三重工場から直送したものも多く、むしろ後者の方が回数、分量とも前者を大きく上廻つており、上告人でも荷送状等から知り得たと思われるのに、それにつき何らの異議も唱えていない」と認定している。しかし、第一に、上告人が荷送状で発送元を知り得たか否かの点であるが、別表で明かな如く、ネギの送り先は東洋水産品川工場、同札幌工場及び東神倉庫であつて、上告人会社宛のものは一回もなく、従つて、上告人は一回も荷送状を見ていないのである。

東洋水産なり東神倉庫から、「何日に川崎電機から、ネギ何トン入荷」との連絡があるのみである。発送地の連絡など必要もないし、また現に、そのようなことは連絡しないのは常識である。

第二に、上告人が、発送地を何かの機会に知り得たとしても、何ら異議を唱えないのは当然である。

けだし、川崎電機は、被上告人から出庫して、一旦三重工場に送り、品質状態を検品してから、上告人の指定先へ送ると言つていたからである。むしろ、上告人としては、京都から直送したものについて、これは、川崎電機が検品をしなかつたのではないかとして、問題とすることがあるというべきである。

以上の如く、原判決は右の点において認定を誤つている。

五、そして、原判決は右の如き誤つた事実認定を基礎として、これを総合して、本件ネギは上告人の将来の出荷指示に基づき川崎電機が出荷選択を遂げることによつて特定した、と誤つた法律判断をなしたのである。

右法律判断は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄さるべきである。

第三点、第四点 <省略>

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